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2014年3月4日 at 1:44 AM

酒鬼薔薇聖斗事件|人体切断・解体の描写が生々し過ぎる

Wikiの細密な記述をみて吐き気すら覚えた人もいらっしゃるでしょう。

 

 

Wiki 神戸連続児童殺傷事件

第三の事件 5/25

黒いビニール袋の上に置いた男児の遺体を、糸ノコギリの両端を持ち、一気に左右に2回切ると、ノコの歯が細かったためか、スムーズに切れ、切り口が見えた。人間の肉が切れることを確認した少年は左手で男児の額のあたりを押さえながら、右手で首を切っていく。この時、少年は「現実に人間首を切っているんだなあと思うと、エキサイティングな気持ちになった」と供述している。首を切っていく内に、段々と頭の安定が悪くなったため、男児の首の皮が1枚になった時に左手で髪をつかんで上に引っ張り上げ、首の皮を伸ばして一気に首の皮を切った。その後、しばらく地面に置き、正面から鑑賞しながら、「この不可思議な映像は僕が作ったのだ」という満足感に浸った。首を切断して射精した

ところが、しばらくすると、男児の目は開いたままで、眠そうにみえ、どこか遠くを眺めているように少年には見えた。さらに、男児は少年の声を借りて、少年に対して、「よくも殺しやがって 苦しかったじゃないか」という文句をいった、と供述している。それで、少年は男児に対し、「君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか」といい返した。すると、男児の首はさらに文句をいった。少年は、これは死体にまだ魂が残っているためだと考え、魂を取り出すため、また、眠たそうな男児の目が気に入らなかったため、「龍馬のナイフ」で男児の両目を突き刺し、さらに、2、3回ずつ両方の瞼を切り裂き、口の方からそれぞれ両耳に向け、切り裂いた。その後は文句を言わなくなったという。さらに、「殺人をしている時の興奮をあとで思い出すための記念品」として持ち帰ろうと考え、舌を切り取ろうとしたが、死後硬直でかなわなかった。さらに、ビニール袋に溜まった男児の血を飲むが、金属をなめているような味がしたと述べている。少年は血を飲んだ理由として、「僕の血は汚れているので、純粋な子供の血を飲めば、その汚れた血が清められると思ったからです。幼い子供の命を奪って、気持ち良いと感じている自分自身に対する自己嫌悪感の現れなのです」と供述している。

少年は、人目につかない場所でもう一度じっくりと鑑賞しようと思い、タンク山を下りて、北須磨高校への獣道をたどり入角ノ池へ向かう。入角ノ池の水辺の木の根元でビニール袋をひらいて頭部を眺めた。思ったより感動はなかったため、2、3分ほど眺めたあと、再びビニール袋にもどし、木の根元に隠した。首の切断に使った金鋸は、友が丘西公園のとなりにある向畑ノ池に投げ捨てた

—-

少年の名前は東慎一郎(あずま しんいちろう)
1982年7月7日午前6時15分生まれ。

兵庫県神戸市北区 川崎重工社宅の団地

視力 両眼 0.3
身長 161cm
体重 43kg
知能指数 70
家族構成 :真一郎27歳の時に父(59歳)・母(59歳)・次男(25歳)・三男(24歳)

 

榊原

14歳の頃の写真

 

 

・ごく普通の中学生が、複数の小学生を殺害したこと

・被害者の頭部が「声明文」とともに中学校の正門前に置かれたこと。地元新聞社に「挑戦状」が郵送されたこと

 

 

さあ、ゲームの始まりです。
愚鈍な警察諸君
僕を止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
SHOOLL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇

榊原05

 

と警察も中学生には到底無理な犯罪として定義している、極めて異常な犯罪事件であった。

 

 

1995年3月 神戸市立多井畑小学校卒業

 

 

1996秋 風邪が悪化して肺気腫を患い、それ以来慢性気管支炎
1996/11/5 万引きで補導。

 

 

1.第一の事件

1997/2/10 16:00頃。神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人がハンマーで殴られ、1人が重傷を負う

 

 

 

2.第二の事件

1997/3/16 0:25頃。神戸市須磨区竜が台の公園で、付近にいた小学4年生女児・山下彩花ちゃんに話しかけ金づちで殴り逃走 → 3/23死亡

さらに1997/3/16 0:35頃。堀川耕一郎さんの娘である別の小学3年生女児の腹部をナイフで刺す → 生還

 

 

5/13 「儀式」のため(精神の毛羽立ちが止まらずに)、同級生を公園に呼び出し拳に時計を巻いて殴り歯を折る。5/14呼び出しを受けて両親と学校サイドで相談し休学させて児童相談所に通わせることにする。

 

 

5/15 ~ 母親と児童相談所に通う。

 

 

3.第三の事件

1997/5/24 午後。当時11歳だった放射線技師土師守さんの次男・土師淳君(O型)をタンク山とよばれる高台に誘い出し絞殺。

直接面識はなかったが、通っていた田井畑小学校に身体障碍者用学級があったのを覚えており、東の一番下の弟の同級生であった土師くんを「青い亀を見たよ!」とタンク山に誘い込み絞め殺した。非力だからか手だけでは締められず、運動靴の紐なども利用し、馬乗りになって夢中で締め続けた。キマったときには指がぐっと食い込む手ごたえを感じたという。

女児のときと違い殺すまでに十分時間をかけたので満足感も一潮だった。

榊原04

 

殺害直後心音を聞いて死亡を確認後、遺体の破棄方法を考え出す。

ふと最寄りのケーブルテレビアンテナ施設のなかの鉄の建物の床下が草で埋もれて死体を隠しやすいと踏んだので、生活協同組合コープこうべリビングセンター北須磨店で施設の入り口についていたものと同型の南京錠、そして古い南京錠を切断するための糸ノコを盗み、侵入→死体遺棄→鍵の付け替えを行った。

ケーブル

 

当日の予定では16:00に友達と遊ぶ約束をしていたが、作業に手間取り待ち合わせ場所についたのは30分遅れであった。

18:00まで遊んで家に帰る。疲れたので夕食もとらずに眠ったが夜に殺人の感触に興奮し、遺体を切断したいという欲望に駆られる。

 

 

 

5/25。黒いビニール袋と「竜馬」のナイフ、昨日隠した糸鋸を持ち運ぶカバンをもって昼過ぎに自宅を出る。

鍵で新しい南京錠を開け隠した遺体を取り出す。とくに高ぶる気持ちもなく機械的に糸鋸で首に切れ目を入れる。

人間の体の中に肉が詰まっている実感のなかった東はそこで初めて興奮を覚えだし無心に首を切っていく。切り終えて地面に飾って達成感を覚えた後、脱力している土師くんの目が語り掛けてくる感触を覚えた。うるさい!と両目をナイフで突き刺した後まぶたを切り裂いて、口から耳にかけて切り開く。

そして少年の純真無垢なマテリアルを自分の体内に取り込もうと血を飲み干す。

タンク山

 

その後落ち着いて頭部を鑑賞しようと、頭部をビニール袋に入れてから入角ノ池まで移動。池付近に首を収めるのに良さそうな穴を見つけたので、一回取り出して鑑賞するものももう気持ちが冷めていた。ビニール袋に入れ直して穴に首を収納。

そのまま家に帰る。また夜はもやもやとした気分で目を覚ます。

 

 

 

5/26 10:00に起床し、もう一度首を見に行く。顔色がさらに青白さを帯びただけでとくに興味をひくようなこともなくなったのでもう埋めてもいいやと考える。

ここまでやってしまうとさすがに遅かれ早かれ捕まると考え、せめて時間稼ぎしたいとあえて警察の目のごまかすために自分の生活圏である学校(友が丘中学校)の校門に遺棄しようと考える。

せっかく飾るなら綺麗にしないとと自宅に首を持ち帰る。誰もいなかったので風呂場で切り裂いた口の裏まで綺麗に洗う。調理魚を洗うように丁寧に洗う。洗い終えたらタオルで綺麗に拭き、髪を櫛でとかす。

自室の天井裏に首を隠すと、せっかく口を捌いたから、そこになにか詰めようと考える。

「偽りの犯人像」を記した手紙を咥えさせるのがいいかと思い、わざと普段つかわないような熱の入った言葉で声明文を書く。

 

 

漫画「瑪羅門の家族」や今まで読んで残っていた本の言葉を参考に書いていく。

そして家族が寝静まった5/27 1:00~3:00頃に首を置きに行く。階段はギシギシ音がするので、自室の2階の窓から出た。

 

 

5/27 早朝。首発見される。

 

 

 

6/4 神戸新聞社宛に声明文その2が届く。「酒鬼薔」の読み方が違うなどの指摘や「人の死が見たくてしょうがない」という煽りの文言。いい加減捕まえてほしいと思い始めていた。

 

 

1997/6/28 殺人・死体遺棄で逮捕

 

 

1997/7/15 殺人・殺人未遂・暴行・傷害で再逮捕

榊原03

榊原06

1999年。中2の頃から飼っていた亀「ガバメント」が死んだことを親からの手紙で知る。返事は返さなかったが少年院の4F-Dルームの水槽でカブトムシを飼い出す。

 

 

2003年。飼っていた熱帯魚が死に、命のはかなさを感じる。

 

 

2004 左足の靭帯を切る。今は完治している

 

 

2004/12 カウンセリングを担当していた、かなり信用を得ていたはずの女医に暴行を働き、そのまま精神病院へ

 

 

◆事件からすでに17年経過

2014/5/24 神戸新聞NEXT 神戸連続児童殺傷事件から17年 土師守さんの手記全文

この5月24日で、淳が、私たち家族の前からいなくなって17年がたちます。17年といえば非常に長い期間が過ぎたように思いますが、淳がいなくなった日のことは今でも鮮明に記憶しています。何年たとうとも、親の子どもを思う心が変わることはありません。

今年も、弁護士を通して、加害男性からの手紙が届きました。変化の度合いは異なりますが、1年ごとに変化があり、今年の手紙を読みましても昨年に比べて人 間として成長しているように感じました。現在も、加害男性に関する情報は得られていません。しかしながら、どれほどの時間がかかろうとも、事件の真実を求 め続けていきたいと思います。

本年4月に改正少年法が成立しました。今回の改正では、多くの報道機関が、少年への刑罰が重くなったことばかりを取り上げているように思います。しかしながら、期間の問題だけではなく、その間の教育内容についてももっと取り上げていくべきではないかと思いま す。今回の改正では、ほかにも重大事件における事実認定に対する検察官の関与の拡大や、加害少年への弁護士である付添人を付ける範囲の拡大など、重要な改 正点がありました。

しかしながら、全国犯罪被害者の会(あすの会)が要望した、審判傍聴の対象者の範囲の拡大、加害少年に対する質問の許可、社会記録の閲覧の許可、被害者国選弁護人制度の実現などは、今回の改正でも盛り込まれませんでした。少年犯罪被害者のさらなる犠牲を軽減するために も、今後の継続的な見直しは必要であると思います。

被害者支援条例が、多くの自治体で成立しており、兵庫県内でもかなりの数の自治体で成 立しています。神戸市でも昨年4月に施行されましたし、また明石市では、全国でも最も進んだ内容の条例改正が昨年末に成立し、この4月に施行されました。 全国的に見ても、被害者支援条例を制定した自治体が着実に増加しているようです。

このような流れは、犯罪被害者にとっては非常に好ましい ことだと思います。被害者支援条例の制定は、どのような内容かということも重要ですが、被害者にとってのよりどころができるという点で、非常に重要な意味 を持っています。自治体にお願いしたいこととしては、被害者支援条例を制定したことだけで満足せず、職員に条例の内容を周知し、また被害者支援団体とも協 調することにより被害者支援が円滑に進むような体制を作っていただきたいと思います。

5月24日 土師 守

 

 

酒鬼薔薇聖斗の出所(退院)後の生活は?|生活困窮のため、「絶歌」を出版

 

 

6 Comments

  1. 違う事件の犯人の写真が掲載されているように思いますが・・・書くなら出来得るだけ調べて載せるべきだと思いますよ。

  2. 山地 悠紀夫 大阪姉妹殺人事件 の元死刑囚ですな、それ。

  3. この内容、文がが本になったって事? 舐ぁめてる.
    親族に対してやけに挑戦的な事するよな.
    出版社もどうかしてんじゃねぇーの?
    見つけ出してヤっちまった方が
    いいんじゃねぇーかって思うのは俺だけか?

  4. >1997/7/15 殺人・殺人未遂・暴行・障害で再逮捕

    障害じゃなくて傷害

    校正がなっていない

  5. 通りすがり says:

    元殺人犯だけど、それで知名度があがり出版。
    私は真面目だけど職歴が無いから仕事がないし、出版もないな。しかも陰で突かれてる。

    お金が入る分、マシなんじゃないのだろうか。
    一応、警察の監視もあるようだから。
    生活保護が出ずに餓死するより、警察のご飯食べれば井嫌えるというホームレスの気持ちがわかる今日この頃。

    層化の心理操作の被害者なの?と思う事もある。

    http://asyura2.com/07/cult4/msg/307.html
    集団ストーカーの関わってるあるいは起こしたと思われる事件
    神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)

    多分、秋葉も奴らの仕業。

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